タグは ‘助けと守り’

ヘブライ人への手紙 13章5~6節

金銭に執着しない生活をし、今持っているもので満足しなさい。神御自身、「わたしは、決してあなたから離れず、決してあなたを置き去りにはしない」と言われました。だから、わたしたちは、はばからずに次のように言うことができます。「主はわたしの助け手。わたしは恐れない。人はわたしに何ができるだろう。」(ヘブライ人への手紙 13章5~6節)

自分が強いと思い込み、見捨てられたと感じたことがない者たちを、神様は一度も助けたことがありません。助けを必要とし、求めている人たちを、神様は決して見捨てたことがありません。聖霊様に助けを求めるのは怯えている魂だけです。
(マルチン・ルター、宝石箱)

ヨハネによる福音書 10章28節

わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。(ヨハネによる福音書 10章28節より)

私の魂に心を配り、御自分の命をも私のあがないの代価として与えてくださった方が、これからも配慮してくださいますように。
唯一の真の忠実な羊飼いであり、すべての牧師たちの指導者であられるこのお方に感謝しましょう。
御声に聴き従う「御自分のものたち」をどのようにして悪魔の支配や世の悪や専制から守るべきか、この方はよくご存知です。
今日の箇所で言われている通りです。
それで私には十分です。
私が自分の力で自分の世話をしなければならないとしたら、それは荷が重過ぎます。
そのような場合には、「私の魂は安全だ」、などとは到底言えません。
というのは、悪魔が瞬く間に私から魂を奪って飲み込んでしまうことがありうるからです。
それゆえ、私にとっては、私の魂がイエス様の手の中にあることが千倍も愛しいことなのです。
そのときには魂は、御言葉の通りに、確実に安全に保たれているからです。
「父なる神様の家には御自身を信じる者たちのために用意してくださったたくさんの住むところがある」と信じるときに、私は慰めを受け、自分のこの世での歩みにもとても満足するのです。
(マルチン・ルターの旅のお弁当)

ヨハネによる福音書 10章27~28節

わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。(ヨハネによる福音書 10章27~28節)

あなたがこの良い羊飼いを知っているときには、悪魔や死から守られてこう言うことができます、「私が神様の戒めを守らなかったのは確かです。しかし、私は愛する主イエス・キリストの羽の保護の下へと逃げ込みます。神様の御前において、主は愛する私の羊飼い、ビショップ、仲介者であられ、御自分の無垢によって私を覆って守り、また私に御自分の義を賜ってくださる、と私は信じます」。
(マルチン・ルター、宝石箱)

ゼカリヤ書 9章9節

娘シオンよ、大いに踊れ。娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。見よ、あなたの王が来る。彼は神に従い、勝利を与えられた者/高ぶることなく、ろばに乗って来る/雌ろばの子であるろばに乗って。(ゼカリヤ書 9章9節)

この王様の御国に属し、堅い信仰をもって王様から離れずにいる者のことを、罪も死も、地獄も悪魔も、人間もどんな被造物も傷つけることはできません。そのような人は、救いの喜びに満ちた罪のない者として、その王様と同じように永遠に生きるのです。
(マルチン・ルター、宝石箱)

雅歌 2章16節

恋しいあの人はわたしのもの/わたしはあの人のもの(雅歌 2章16節より)

キリストは私のもの、私はキリストのもの。キリストは、私が死にさらされるときに私の命、罪が誘惑してくるときに私の義、私が滅びにおびやかされるときに私の救いです。何が攻め立てて来ようがかまいません!私の前にキリストがおられるようにすれば、悪は私をとりこになどできません。
(マルチン・ルター、宝石箱)

詩編 23編5節

わたしを苦しめる者を前にしても/あなたはわたしに食卓を整えてくださる。わたしの頭に香油を注ぎ/わたしの杯を溢れさせてくださる。(詩編 23編5節)

主は驚くようなやり方で、私を真にかけがえのない兵士にし、敵と戦えるように武装してくださいます。肉体的にも霊的にも、主は私を養い元気付けてくださいます。主は私を正しい道に留まらせてくださいます。主は私に鞭と杖を与えてくださいます。しかし、それらを私は手ではなく口で運ぶのです。それらによって私は悲しんでいる者皆を慰めます。そして、私は悪魔をその使徒たち共々追い払います。たとえ彼らがどれほど狡猾で凶暴であったとしてもです。
(マルチン・ルター、宝石箱)

創世記 28章15節

見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。(創世記 28章15節)

ヤコブがエサウから逃げているときに主がヤコブに語ったこの御言葉は、ヤコブの心がどのような状態であったかを私たちに示してくれます。神様は無意味なことをだらだらと話すお方ではありません。苦難と危機にさらされていたヤコブがこっそりと逃亡したことに私たちは気づきます。兄エサウが彼の命を脅かしていたからです。
ヤコブが自分ではなすすべがないような危険の最中にいるときに、神様が共にいて「助けと守りをあたえよう」と彼に告げてくださいました。「神様は御自分の民をお見捨てになりはしない」と私たちが確信をもつために、この御言葉は書かれています。たとえ世界全体が私たちに反対している場合でも、神様は共にいて私たちを助けてくださいます。
(マルチン・ルター、宝石箱)

ルターの著作の翻訳者 高木賢(フィンランド・ルーテル福音協会)
このサイトに引用されているのは聖書新共同訳です。
聖書 新共同訳:(c)共同訳聖書実行委員会

Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会 Japan Bible Society, Tokyo 1987,1988

マルティン・ルター
1483年~1546年
神学者、牧師
宗教改革の創始者