エフェソの信徒への手紙 5章2節
キリストがわたしたちを愛して、御自分を香りのよい供え物、つまり、いけにえとしてわたしたちのために神に献げてくださったように、あなたがたも愛によって歩みなさい。 (エフェソの信徒への手紙 5章2節)
犯した罪に気がついて心がおびえているときに、
悪魔の大軍が襲いかかり、
脅しの力でキリストのみもとから引き離して絶望させるために、
罪と荒波の「洪水」でおぼれさせようとするとき、
あなたは安心してこう言えばよいのです、
「神様の御子キリストは、
義人や聖人のためではなく、
悪人や罪人のために与えられている」。
私たちは、これと同じような一連の聖書の御言葉によって心を武装しましょう。
私たちを責めて、
「お前は地獄行きの罪人だ」と言い張る悪魔に対して、
次のように答えることができるようになるためです、
「悪魔よ、お前が私を罪人呼ばわりする、まさしくそのゆえに、
わたしは義であり救いの幸せにあずかる者でありたいのだ」。
「そうだ。しかし、お前は厳しい裁きを受けるのさ」。
「いいや、そうはならない。
私の罪を帳消しにするために御自分をささげられたキリストのみもとに
私は保護を求めるからだ。
悪魔よ、
私の罪のひどさをどれほどあげつらっても、
私を恐怖や悲しみや絶望や、神様への怒りや軽蔑や侮りなどに
駆り立てることはできないぞ。
それどころか、
お前は私に、
お前自身へと向けられた武器を提供することになるのだ。
お前が私を罪人だと言うとき、
お前の剣によって、私はお前を殺し滅ぼすことになろう。
キリストはまさしく罪人のために死なれたからだ」。
(マルチン・ルターの旅のお弁当)